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ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・
鳥類学研究者グループ:JOGA 第2回自由集会

浅水域生態系に果たす潜水鴨(ハジロ属)の役割と資源分割

岡 奈理子(山階鳥類研究所・研究部)

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 汽水域や内湾、淡水域は、ハジロ属の主要な越冬水域として知られるが、近年、有機汚濁が進行するこれらの高閉鎖性水域は、流入堆積した有機物の集中的分解で嫌気化しやすく、夏季に貧酸素化による生物死滅域が生じやすい。
 ハジロ属が好む二枚貝のうち、餌生物として利点の多いホトトギスガイは、こうした内海や湾などの富栄養で、低波浪の塩水域に生息する。水底に付着集群しマット層を形成し、溶存酸素と植物プランクトンの先取りによって、アサリなどの埋在性漁獲種を死滅させることが知られる。
 高水温期を中心に多くの水域で周年産卵しているとみられるこのホトトギスガイのうち、遅生まれ(秋季)コホートは、貧酸素化が終息した水域にも着底分布するが、もし秋季渡来し越冬するハジロ属の集中的な捕食を免れれば、翌夏に発生する貧酸素化で大量死し、当然ながら水域の貧酸素化を一層悪化させる要因の一つとなる。
 貝殻が柔らかく表面に付着しているため採食しやすく、こうした水域に生息あるいは一時的に回遊してくる水生動物の餌生物となるが、10月中旬から4月中旬まで大挙して生息するハジロ属が、最大の捕食者に位置づけられる。
 島根・鳥取県境の中海(87平方km)では、3種の優占ハジロ属(ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ)が、ホトトギスガイの採食を通じて1越冬期に窒素52tとリン約4tを取り込み、一部は体内へ固定し、排出した糞尿の一部は湖水の栄養循環系に入り、一部は、16日間で外海と入れ替わる湖水とともに外海へ持ち去られると考えられる。つまり、ハジロ属は、採食利点の多いホトトギスガイの寡占的採食によって、その個体群規模を制御し、埋在性の二枚貝の生息環境を回復させる機能を持ち、さらに渡去までの前倒しの採食を通じて、来たるべき夏季の嫌気化を軽減するのに役立つと考えられる。これらの点からハジロ属鴨は漁業資源の保全に有益である。
 一方、ホトトギスガイの生息しない低・中塩性水域では漁獲対象種のヤマトシジミを採食し、あるいはホトトギスガイ現存量が低下する時期にはアサリなどを選好採食する可能性が高いため、水域によっては人間と同一資源種に依存する競合者として生息する。
 全国の内水面漁業の総漁獲量93753t(1996年度)の28.5%(26813t)をヤマトシジミの漁獲が占め、宍道湖(78平方km)はその約30%(8000t)を占める。宍道湖のヤマトシジミの推定資源量が2万7千t(1980年代調査結果)と報告される中で、優占するハジロ属の1越冬期の推定採食量4775tは、その17.24%に相当し、さらに近年1万t弱で推移している漁獲量のおよそ半分にあたる。が、それぞれが捕獲する貝サイズは、宍道湖で漁獲されるヤマトシジミは11mmの目合で選別された成貝である一方、宍道湖に優占するキンクロハジロの採食最適サイズは貝形が丸いため小型に偏り、両者ではともに同一種を利用するものの、貝サイズによる利用資源の分割がかなりの割合で働いていると考えられる。
 近隣汽水湖の島根県神西湖(1.5平方km)でもヤマトシジミが毎年約300t強漁獲される。1992年度(平成4年度)の総漁獲高360tは同年10月中旬に実施された調査による推定資源量440tの82%にも相当した。漁獲されるのは11mm以上の成貝である。
 神西湖に生息するハジロ属3種のうち、キンクロハジロとスズガモの全個体は、通常のその食性からヤマトシジミを採食すると考えられるが、毎月のハジロ属群集の過半を占めたホシハジロは、漁網にかかり溺死した個体54羽の体に占める筋胃重量と胃内容物の両方から、約15%がヤマトシジミを主に採食し、残りは筋胃サイズの小型化から、柔植物食が主食と推定した。その結果、越冬渡来するハジロ属鴨(1995-96年カウント値)は、1越冬期に計202.5tのヤマトシジミを採食すると試算した。貝サイズは、キンクロハジロでは小貝を中心に、スズガモでもそれに近いと予想されるため、宍道湖と同様、貝サイズによる利用資源の分割が行われているとみられる。時期は、漁師は周年漁獲するものの、春、秋季では冬期の1.5倍の出漁者がおり、ハジロ鴨は秋、春のみの期間限定捕食であるため、漁期による分割が生じている。冬期の出漁者が減るのは、シジミが低温期に埋在深度を深める習性を持つため、漁獲しにくくなることによる。
 以上みたように、ハジロ鴨類はホトトギスガイが生息する水域では、これを寡占的に採食することで、毎シーズン、漁場の回復に資している。また、夏季、富栄養水域で多発する嫌気化による生物の死滅を、二枚貝の前倒しの採食によって、軽減するのに役立つと考えられる。ホトトギスガイの生息しない水域、あるいは採食圧によりホトトギスガイの現存量が減少した時期(越冬後期など)には、漁獲種を採食することで直接的競合者とみなされやすいが、ハジロ鴨にとって利得のある小型サイズに採食が偏るため、競合は多くない。こうした二枚貝は通常、春から秋に多量の卵がばらまかれ(1個体当たり10万から100万卵)、プランクトン態で浮游し着底するため、稚貝の個体数は多く、植物プランクトン資源の争奪戦を繰り広げている。秋季以降に生じるハジロ鴨類による稚貝の間引き効果の評価も必要だろう。

参考文献(汽水域のハジロ鴨に関して、さらに詳しくお知りになりたい方へ)(な お、神西湖のハジロ鴨は、岡、平塚、関谷、大谷の未発表データに拠ります)

  1. N. Oka, M. Yamamuro, J. Hiratsuka & H. Satoh. 1999. Habitat selection by wintering tufted ducks with special reference to their digestive organ, and to possible segregation between neighboring populations. Ecol. Res. 14: 303-315.
  2. 岡 奈理子. 1998. 浅水域のprey-predatorシステム:二枚貝採食スペシャリストの潜水ガモとその捕食圧. 月刊海洋 30:289-295.
  3. M. Yamamuro, N. Oka & J. Hiratsuka. 1998. Predation by diving ducks on the biofouling mussel Musculista senhousia in an eutrophic lagoon. Mar. Ecol. Prog. Ser. 174: 101-106.
  4. 岡 奈理子・関谷義男. 1997. ハジロ属鳥類(キンクロハジロ、ホシハジロ、スズガモ)の採食行動と食性を中心とする生態. ホシザキグリーン財団研究報告書1:85-97.

[JOGA第2回自由集会「日本のガン,カモ,ハクチョウ類の環境利用」2000年9月17日]

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このページは「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」公式ホームページ(http://www.jawgp.org/anet/)の一部です. 2000年9月10日掲載.