[ 重要生息地ネットワーク ]

[ 日本鳥学会 ]

[ 環境省「インターネット自然研究所」 ]

JOGA Logo (21KB)

ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・
鳥類学研究者グループ:JOGA 第4回自由集会 基調報告1

ガンカモ類の生息環境としての水田とその変遷

吉田 保志子(中央農業総合研究センター・鳥獣害研究室)

[ Index ] [ Back ]


◆要旨

 かつて日本のガンカモ類が利用していた環境は、大河川の氾濫原や河口近くの湿地などの、頻繁な洪水によって維持される広い湿地であっただろう。このような場所が水田として開発されたのは、おもに江戸時代のことである。洪水の代わりに、毎年繰り返される農作業によって開放的な湿地環境が維持されるようになった。すべてではないが多くの湿地の生物が水田に移り住み、ガンカモ類もまたそうであったと考えられる。植物食のガンカモ類にとって、収穫時にこぼれた稲籾は重要な餌資源である。アメリカのトウモロコシ栽培地帯で越冬するハクガンなど、世界的に見ても穀物の収穫残渣を冬の餌としているガンカモ類は多い。

Figure (8KB)

図1.ルイジアナ州の水田の排水路。浅く幅の広い素掘で、水田面との段差は小さい。

 日本の水田環境は、第二次世界大戦以降、農薬、機械化、圃場整備などで大きく変わってきた。これらの変化が水田の生物に大きな影響を与えていることは間違いないが、変化のどの部分がどのように問題なのか、わかっていないことは非常に多い。例えば、圃場整備といっても、その中には様々な改変が含まれる。区画を大きく整形にすることと、排水路を深いコンクリート製にすることでは、生物に対する影響は異なる。アメリカの水田は1区画が数十ヘクタールにも及ぶほど巨大だが、水路は浅い素掘が多く(図1)、水生動物の生息を支える水系のネットワークは失われていない。また、同じ改変であっても種によって影響は異なる。茨城県南部で、コンクリート排水路が整備された水田とされていない水田を比較したところ、チュウサギの個体数には差が見られたがムナグロには差がなかった。チュウサギの主な餌は水系のネットワークが重要なドジョウやカエルであるのに対し、ムナグロの主な餌は昆虫の幼虫であり、成虫になれば飛んで移動できるためではないかと考えられる。ここまで「ガンカモ類」とまとめて表現してきたが、ガンとカモの間でも水田の変化の影響は異なるだろう。冬期湛水が行われているカリフォルニアの水田で、湛水の有無と鳥類の利用密度を調べた Elphick & Oring (1998)は、カモ類は湛水田に有意に多いが、ガン類では湛水の有無で差がないことを示している。乾田化によって冬期の水田地帯では湿った環境が少なくなっているが、ガン類にとっては水のある安全な休息地が確保されれば、餌場として利用する水田の乾田化は大きな影響を及ぼさないかもしれない。しかしながら、食性や環境選好は種によって異なるし、農業の状況も場所によって異なるため、調査が必要であることは言うまでもない。

 湿地の生物の保全を考えていく上で、氾濫によって維持される自然湿地を回復することも忘れてはならない視点だが、それができる場所は限られている。見通しの良い環境を好み、広い面積を必要とするガンカモ類、ツル類、サギ類などの鳥類にとって、小面積の保護区だけで支えられる個体数には限界がある。広大な面積をもつ水田を、これらの鳥類が利用できる環境として維持していくことは、保全にかけるコスト面からも、国土全体の生物多様性の保全という観点からも重要である。水田の生物多様性保全を考えるときに、農業の近代化を一律に批判することでは問題は解決しない。全てを昔に戻すという案は現実的ではないからだ。農業近代化による様々な変化の、どの部分が、どの生物にとって、どういう生態学的な問題点となっているのかを識別し、具体的な改善策として提案する研究が必要である。ガンカモ類は、動物食の鳥類に比べれば餌存在量と農業体系の関係を調べるのが易しいため、共生に向けた研究の対象として大きな可能性をもっている。

◆引用文献

[JOGA第4回自由集会「水田農業とガンカモ類 〜「対立から共生へ」その鳥学的戦略〜」 2002年9月14日]

[ Index ] [ Subject ] [ Top ] [ Back ]

[ 重要生息地ネットワーク ]

[ 日本鳥学会 ]

[ 環境省「インターネット自然研究所」 ]

「戦略」ロゴ (10KB)

「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」は
国際湿地保全連合のロゴマーク (7KB)
国際湿地保全連合が
「アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略」に基づいて
提唱している国際協力プログラムです.

国際湿地保全連合日本委員会 ガンカモ類フライウェイオフィサー 宮林 泰彦, 989-5502 宮城県 栗原郡 若柳町 字川南南町16 雁を保護する会 TEL&FAX 0228-32-2592 / E-mail: yym@mub.biglobe.ne.jp.

このページは「東アジア地域ガンカモ類保全行動計画・重要生息地ネットワーク」公式ホームページ(http://www.jawgp.org/anet/)の一部です. 2002年8月23日掲載.