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ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・ ガンカモ類の生息環境である水田と湖沼を活かした地域振興(宮城県・蕪栗沼)村上 悟(NPO法人 アサザ基金) |
1.はじめに
野生生物との「共生」の実現された状態とは、私たち人間の日々の営みが無理のない形で野生生物の保全とつながっている状態であろう。これまでのように、”人間の利便追及”vs”野生生物の保護”の構図の中で、一部の人々が非日常の行為として「自然保護」を行っている限りは野生生物の保全は心許ない。
ガン類(コクガンを除く)の生息地は、大規模な平野や盆地である。それらの土地はまた、古くから人が生活をしてきた場でもある。日本の文学や絵画等に現われるガン類の姿からは、ガン類と生息地(生活の場)を共にしてきた人々の姿が見えてくる。
私たちの暮らしの中に何気なくガン類がいる、あるいはガン類の暮らしの中に私たちがいる、という関係は、いかにして再構築できるのだろうか。その中で鳥学はいかなる役割を果たせるだろうか。
2.事例に学ぶ−蕪栗沼
宮城県田尻町の蕪栗沼周辺は現在、国内でも有数のガン類(特にマガンとオオヒシクイ)の渡来地となっている。しかし1996年には全面浚渫が計画され、一時は生息環境の悪化が懸念された。この計画の中止から町ぐるみでの保全活動の展開に至る経緯について、私は様々な立場の関係者からヒアリングを行い、事態好転の要因を導いた。
多くの住民は、ガン類に対して干し稲を食べる「害鳥」のイメージを抱いており、1980年代に自然保護区の指定が進められたときは、地元農家の反対によって挫折をしていた。しかし1996年、治水を目的に県が沼の全面浚渫計画を明らかにしたとき、ガンを保護する会は国会や県の代議士を通じた働きかけを行うと同時に、地元の農家や町行政が連携して対話の場(蕪栗沼探検隊)を設け、沼の浚渫の中止へとこぎつけた。この対話の場がきっかけとなり、隣接水田「白鳥地区」の湿地復元(この後、株栗沼を利用するガン類の数が急増する)、周辺水田における冬季湛水の取り組みなどへと生息地保全の動きはいっきに広がりを見せた。町の第3セクターの公社によるエコツーリズムや学校での環境学習の取り組みも広がった。1999年末には町議会が食害補償条例を可決。鳥獣保護区に指定されていない現在でも、狩猟に訪れる人はほとんど見られなくなっているという。
この経緯の中でガンを保護する会が果たした大きな役割として、ガン類の標識調査やガン類渡来地目録の作成を通じて、東アジア全体の中でガン類にとって蕪栗沼がいかに重要な場所であるかを浮き彫りにした(データに語らせた)ことが挙げられる。また農家の人々に対して我慢を強いるのではなく、ガン類の生息を付加価値としたブランド米の発売を進めたことも、農家の協力を得る上で鍵になったと言えよう。
しかし、一部の農家以外の参加があまり熱心でないことや、毎年のイベントがマンネリ化しつつあるとの指摘もある。また、蕪栗沼に集中するガン類の個体数が年々増加しており、伝染病などの被害が心配されている。
3.時間軸、空間軸、関係軸から課題を見いだす
蕪栗沼の事例は、ガン類と蕪栗沼と人々(と多様な生物)との様々な関係(時間軸、空間軸、関係軸)を、事実に基づいて理解し、それにはたらきかけることの大切さを示している。ガン類渡来地目録は、ガン類の歴史(時間軸)における現在の位置づけと、東アジア全体(空間軸)における各湿地の位置づけを明らかにしたし、高付加価値米の開発は、多様な生物や人間社会との関わりの中(社会軸)で米の生産−消費システムが果たしているガン類の生息地の提供機能を意識化することで可能となった。
ガン類の保全をより確かなものにするのは、より長い時間軸・より広い空間軸・より多様な関係軸の中でガン類をめぐる状況を認識し、その関係性の中に社会システムを融合させる力量にかかっていると思う。
これまでの調査によって、空間軸から見た東アジアのガン類の生息状況はかなりの部分まで明らかになっている。しかし時間軸については、過去をある程度までさかのぼって現況を位置づけられるのに対し、未来との関係の中で現在を位置づける作業は乏しい。
ラムサール条約における「モントルーレコード」のように生息環境が悪化しつつある湿地を早い段階で特定する作業もその一つであるが、逆に、現在はガン類が見られなくても環境の整備によって渡来する可能性がある場所をガン類の目で評価し、日本列島を見渡したガン類の生息地ネットワークの整備指針を作成する(ガン類の生息条件の整理と、それに基づいたガン類渡来可能地目録の作成)ことも今後の一つの課題と言えよう。
また、関係軸については、人間の精神文化にまつわる論功は散在しているものの、人間の日常生活(民俗)や経済システムの中でガン類との関係を論じたものは少ない。また、他の生物との関連についての論考も豊かとは言えない。
4.関係性にはたらきかけるチャンネルを作る
先に述べたように、ガン類の生息地は人間の生息環境と重なっている。したがってその保全にあたっては、私たちの生活域とガン類の生息域を明確に分ける(たとえば保護区を設定する)ことは困難で、それらを重ねあわせる発想が必要である。
市民が主導して霞ヶ浦(茨城県)の流域全体の自然再生を進めているアサザプロジェクトでは、途中の達成目標にヒシクイの生息を位置付けている。この事業の一つの特徴は、NPOがコーディネータとなり、地元の住民、学校、漁業者や農家、林業者、市町村、国などがそれぞれの事業や産業の一環として参画していることにある。
森林から湖まで流域一体の自然再生を目指す中で、ヒシクイの生息は湖岸植生帯の復元と周辺の水田との連続性の再構築を意味する。ヨシ原の復元と周辺水田への連続性の確保は魚類の生息地整備につながり、漁業の振興へとつながるので、漁業者も参画する。また、霞ヶ浦で遊んだ思い出やマコモなどを使った民俗文化を持った地域住民も参画する。しかも、植物の保護育成や植付けといった作業は、学校や市民の手で実施でき、かつ多くの人手を必要とするために、多くの市民が湖に関わる場となっている。
ガン類生息地の保護だけを目的に事業を進めようとすると、自然保護団体と自然保護行政と農家の中で自己完結してしまう。しかし様々な生物の生息地保全や生活者の福祉向上を進める一環としてガン類の保全を位置付けたり、経済システムの中に仕掛けを作れば、漁業者や観光者、学校等の自主的な参加や、多様な行政組織の参加、あるいは消費者の参加が可能となる。
5.おわりに
未来を見据えた計画と行動のためには、事実に対する確かな理解力や鋭い分析力に加えて、見えていない空間や時間や関係性への想像力と行動力が必要である。右脳的な空想に満ちた夢を推進力に、左脳的な冷徹な批判に満ちた科学を舵取にしてガン類の保全が進められれば、これまでの保護活動が蓄積してきたガン類にまつわる知見や人的なネットワーク資産も活きてくるはずである。
[JOGA第4回自由集会「水田農業とガンカモ類 〜「対立から共生へ」その鳥学的戦略〜」 2002年9月14日]
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国際湿地保全連合日本委員会 ガンカモ類フライウェイオフィサー 宮林 泰彦, 989-5502 宮城県 栗原郡 若柳町 字川南南町16 雁を保護する会 TEL&FAX 0228-32-2592 / E-mail: yym@mub.biglobe.ne.jp. このページは「東アジア地域ガンカモ類保全行動計画・重要生息地ネットワーク」公式ホームページ(http://www.jawgp.org/anet/)の一部です. 2002年9月9日掲載. |