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ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・鳥類学研究者グループ:JOGA 『シジュウカラガン・ハクガンの回復・復元計画の経過と課題』呉地 正行(日本雁を保護する会) |
○シジュウカラガン回復計画の背景
カナダガン Branta canadensis の1亜種であるシジュウカラガン B. c. leucopareia は、かつてはアリューシャン及び千島列島で繁殖し、アメリカ西海岸と日本へ渡っていた。しかし、20世紀初頭に繁殖地の島々で、天敵のキツネ(ホッキョクギツネなど)が毛皮採取目的に集中的に放獣され(日本は政府の指導で行われた)、一時は絶滅したと考えられていた。
その後1962年にアリューシャン列島のバルディール島に奇跡的に生き残っていた数百羽の群れが発見された。米国では同亜種を絶滅の恐れがある種(亜種)に指定し、1975年に内務省魚類野生生物局内に羽数回復チームができ、その回復に取り組んできた。その後アリューシャン列島のシジュウカラガンは、羽数も回復して30,000羽を超え、1999年に米国の絶滅危機種のリストから削除された。その一方で千島列島のシジュウカラガンは未だに絶滅状態が続いており、その個体群を回復する取り組みが現在行われている。
☞ | 別紙「シジュウカラガン関連年表」Excel 37㎅ |
○アジアでのシジュウカラガン回復計画
日本でのシジュウカラガン回復計画は、米国の支援を得て、仙台ガン研究会(仙台市八木山動物公園・日本雁を保護する会)により、1980年代初頭に始まった。1980年に札幌で開催された国際会議期間中に、米国魚類野生生物局の責任者から支援の可能性とそれを得るための助言を受け、翌1981年には、八木山動物公園に繁殖用施設(ガン生態園)が完成し、1983年には、米国から日本へ繁殖用の鳥15羽が提供され、その内の9羽が八木山動物公園のガン生態園で回復計画のために飼育されることになった。
これらの鳥は、1985年から繁殖を始めたため、同年冬からガン生態園で孵化した幼鳥を、宮城県・伊豆沼周辺で、越冬マガン群中に放鳥し、1−数羽の野生シジュウカラガンを含むマガン群と共に北帰することを期待する、越冬地放鳥を開始した。
この方法は、その当時、繁殖地となるソ連(現ロシア)との間には、政治的な壁があり、繁殖地での放鳥は不可能だったため、次善の策として選択された方法だった。1985年から1991年まで、宮城県内の越冬地及び、北海道の中継地で、延べ37羽が放鳥された。その中には、国内での渡りを行うものが現れ、日本から北帰したと考えられた個体も2羽いたが、24羽は行方不明となり、11羽が留鳥化し再捕獲・回収されるなど、十分な成果を上げることはできなかった。
ちょうどその最中の1989年に、ロシア(カムチャツカ)科学アカデミーの鳥学研究者と繁殖地での共同放鳥事業の実施についての話し合いが行われ、1992年にカリフォルニアで開催された、日米露のシジュウカラガン関係者の初めての合同会議で、3国共同で実施することが合意された。そして同年に、カムチャツカに完成した繁殖施設に、米国から繁殖用の鳥が提供され、繁殖地放鳥事業が始まった。
繁殖地で放鳥した渡りの経験のない幼鳥を日本まで渡らせる方法の基本は、「仮親方式」というもので、スエーデンではカリガネの回復計画に用いられている。これはガンの刷り込みという習性を生かし、かつてのシジュウカラガンと同じと思われる渡りのコースを取るヒシクイの巣からヒシクイの卵を取り出し、シジュウカラガンの卵と入れ替え、ヒシクイに孵化させ、ヒシクイとシジュウカラガンの間に仮親家族の関係を作り上げ、日本まで渡らせようというもので、1993年には、カムチャツカ半島東岸のジュパノバ潟で、ヒシクイの親鳥と繁殖施設で孵化したシジュウカラガン12羽の混群を放鳥したが、日本への渡来は確認できなかった。
しかしこの仮親方式は、ヒシクイの巣を十分な数、発見することが困難なことや、ヒシクイとシジュウカラガンの産卵時期を調整同期させることが困難なことなど課題が多いことがわかったため、大きな群れで放鳥する集団放鳥方式へと修正が行われた。これは以下のガン類の生態的特徴(Hochbaum, 1955; Fischer, 1965)を背景として行った;1)ガン類は初めて飛翔を覚えた場所を自らの繁殖地と認識し、渡りは経験により覚える、2)群れに渡りの経験者が存在しなくとも、大きな群れで放鳥された場合、越冬地へ向かって渡りをする傾向が強まる。
1994年にはロシア科学アカデミーと日本側で正式な千島列島の繁殖地放鳥事業についての正式な合意書を取り交わし、翌1995年から、中部千島列島に位置し、かつてシジュウカラガンの営巣が確認されているエカルマ島での集団放鳥が開始された。
2005/06越冬期までに、376羽が放鳥され、その内の18羽が日本国内で確認されてる。18羽の内、11羽が05/06越冬期に確認されている。またサハリンからの回収報告もある。
当初は予想しなかったことだが、放鳥したエカルマ島に近いオンネコタン島の火山性の不凍湖で、オオハクチョウと共に越冬するシジュウカラガンの群れが2005年の冬に狩猟管理官により確認されている(羽数不明)。2003年の夏には、同じオンネコタン島で25羽の群れが観察されているので、同一の群れとも考えられるが、冬も南下せずに、周年千島列島で生活するシジュウカラガンの群れが存在することが明らかになってきた。繁殖の有無はまだ確認されれていないが、近年日本国内で、放鳥個体ではない野生シジュウカラガンの渡来数が増加している。その中にエカルマ島への放鳥個体の第二世代が含まれている可能性もある。
○アジアでのハクガン復元計画の背景
いまから100年ほど前には、ハクガン(Anser caerulescens caerulescens)の大きな個体群がロシア北極圏沿岸で繁殖し、日本でも越冬し、少なくとも明治初期には東京湾の佃の埋め立て地が、ハクガンの群れで残雪のようであると記載されている(鷹司,1934)。その後アジアの個体群は激減し、現在では、ウランゲル島で繁殖し、アメリカ大陸へ渡る個体群がアジアに唯一の群れとなり、しかもその個体数は過去20年で半減している。
アジアの群れを絶滅させないために、同島以外で繁殖し、アジアへ渡る群れを復元するために、日米露によるアジアのハクガン復元プロジェクトが、1993年に立ち上げられた。
☞ | 別紙「アジアへのハクガン復元計画の歴史」Excel 19㎅ |
○アジアでのハクガン復元計画
復元計画の概要は、ウランゲル島から輸送したハクガンの卵を、アジアへ渡ることが確認されているマガンの巣に託し(マガンの卵は取り除く)、仮親となるマガンの導きでハクガンをアジアの越冬地まで渡らせることをめざすものだ。
この復元計画は当初のシジュウカラガン回復計画と同様、以下のガン特有の習性を活用したものである。
1993年にウランゲル島からハクガンの卵を日本などへ渡るマガンの繁殖地へ運び、6つのマガンの巣で卵交換を行った。卵交換できなかったハクガンの卵と巣から取り出したマガンの卵はフィールドキャンプの孵卵器で孵化させ、その後換羽のために終結したマガン群のそばで放鳥した。
その後の追跡調査で、繁殖地域では、1)卵交換を行った全ての巣でヒナが孵化、2)ハクガンのヒナ3羽をつれたマガン仮親家族、3)翌年の夏にハクガン幼鳥20羽が帰還したことが、確認された。また越冬地では1)韓国の鉄源でハクガン15羽(1993/94冬)、と8羽(1994/95冬)の群れが確認され、日本でも最低4羽(1994/95冬)が確認された。その後北極海沿岸のコリマ川下流域でハクガンの繁殖個体群を発見したが、これらの群れはアメリカへ渡ることが標識調査で判明した。
シジュウカラガン、ハクガン共に対象とした鳥たちが越冬地まで渡ることが確認できたこと、及び、これらの復元計画を開始して以来、日本への渡来数が漸増していることは、両種の回復・復元計画の成果として評価できる。
また越冬地でのモニタリング体制は日本国内ではかなり整い、それが放鳥個体等の発見率を高めていると考えられるが、この点も評価できるが、それ以外の地域については未だ不十分で、韓国についてはかなり情報網が整ってきたが、中国については、殆ど情報が得られていない。
回復・復元手法の決定については、他の先進事例やガンの生態的特性を活かし、最良と思われる方法を選択したが、実際に実践に移行する段階で、予想以上に多くの制約が生じたため、次善の策を選ばざるを得ないこともあった。また参考事例がないものもあり、その検証を行いながら新たな手法の導入も行われてきたが、未だ最良の方法に辿り着いたとは言えない。また事業を継続するためには施設の維持費も含め、かなりの資金を長期的に必要とする。これまではシジュウカラガン回復計画は、仙台市八木山動物公園の資金面、人材面での支援により今年度まで続けることができたが、今後は別の形を考えなければならない。
ハクガンについても1993年のウランゲル島からの卵輸送依頼10年以上が経過したので、繁殖地でのモニタリング調査を行う必要があるが、未だ果たせていない。
なお背景情報や計画の詳細は、別紙年表と、2006年に出版した「雁よ渡れ」(どうぶつ社)を参照されたい。
[JOGA第8回集会「希少雁類復元・回復計画の経過と意義・今後の課題」2006年9月15日]
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このJOGAページは「東アジア地域ガンカモ類保全行動計画・重要生息地ネットワーク」公式ホームページ(http://www.jawgp.org/anet/)の一部です.URL: http://www.jawgp.org/anet/jg011a.htm.2006年9月5日掲載.