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東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ:JOGA
第15回集会「ガンカモ類のフライウェイ研究と地域個体群の認識・保護計画」
基調講演
樋口 広芳(慶応大・政策メディア)
近年、衛星追跡の実施により、カモ類やハクチョウ類の渡り経路などの解明が飛躍的に進んでいる。カモ類やハクチョウ類は、鳥インフルエンザなどの感染症の伝播にかかわっている可能性があり、渡り経路や環境利用などについての情報がとりわけ重要となっている。この講演では、日本各地からのカモ類とハクチョウ類の渡り衛星追跡の結果を紹介する。
カモ類ではマガモとオナガガモ、ヒドリガモの3種の渡りを追跡している。カモ類の渡りは、同一種でも個体によって経路も行き先もかなり散らばるのが特徴である。以下、マガモとオナガガモを対象に、春の渡りの概要を紹介する。
マガモについては、北海道の帯広、本州中部の埼玉、九州の長崎、宮崎から27羽が追跡されている(Yamaguchi et al. 2008: Zoological Science 25: 875-881)。全体として、渡り経路は、異なる越冬地から出発した個体の間だけでなく、同じ越冬地から出発した個体の間でもかなり異なる。まず、帯広から出発した1羽のマガモは、南千島を経由して、カムチャツカ半島方面へと移動した。埼玉県の越谷から出発した6羽のマガモは、日本海を超え、極東ロシアの南東部に到達した。一部の個体は北海道南西部を経由している。1羽のマガモはハバロフスクの北方に到達したのち、東に向きを変え、サハリンの北端へと到達した。
九州から旅立ったマガモは、日本海を越えて北方へと進んだ。朝鮮半島の中〜南部に上陸した個体は限られており、少数個体だけが朝鮮半島の東海岸沿いを北上した。多くの個体は、北朝鮮と中国の国境付近で滞在した。3羽のマガモは、大陸内部へと移動し、中国の内モンゴルとロシアとの国境付近に到達した。一部の鳥は、渡りの過程で急激な方向転換を行なっている。たとえば、日本海を越えた一羽のマガモは、北朝鮮東岸の北端から北方へと移動し、中国の黒龍江省北部とロシアとの国境に到達したのち西へ方向転換し、ロシアと中国の国境付近のチティンスカヤ南部へと到達している。
オナガガモについては、102個体の追跡結果が公表されている(Hupp et al. 2011: Journal of Avian Biology 42: 289-300)。捕獲・放鳥地は、北海道の野付半島と十勝、岩手県の雫石、宮城県栗原市・登米市の伊豆沼、埼玉県の越谷、兵庫県の伊丹だ。本州で越冬する大部分のオナガガモは、本州を北上したのち北海道へと入った。日本海を越えるものはいなかった。北海道からは、サハリンあるいはカムチャツカ方面へと移動した。サハリンへと移動した多くの個体は、その後、カムチャツカあるいはオホーツク海に面したマガダン方面の中継地へと移動した。4羽のオナガガモは夏の間、サハリンに留まった。日本から直接、あるいはサハリン経由でカムチャツカに到達したオナガガモは、少なくとも1,200kmのノンストップ海上飛行を行なっている。
カムチャツカに到達した多くの個体は、極東ロシアの北東端のチュコト半島とその周辺地域をめざした。ただし、カムチャツカに到着した個体の32%は、夏の間そこに留まった。マガダンとその周辺に移動した個体は、主にコリマ川沿いを北上した。ただし、マガダンに到着した21個体のうちの6羽は、そこで越夏した。
全体として、異なる地域で越夏するオナガガモの渡り経路は、明らかに異なっている。カムチャツカやチュコト半島の繁殖地に到達する個体は、大部分が日本から直接、あるいはサハリンも経てカムチャツカへと移動している。
ハクチョウ類では、オオハクチョウとコハクチョウの渡りを追跡している。主に日本の越冬地から繁殖地までの春の渡りを追跡しているが、2009年以降、太陽電池方式の送信機で追跡している個体では、秋の経路を明らかにできている例も多い。また、限られた個体数ではあるが、ロシア中南部の繁殖地から南下する秋の渡りも追跡している。ここでは、本州北部や北海道から追跡したオオハクチョウの春の渡りと、比較的最近、北海道北部のクッチャロ湖から追跡したコハクチョウの春の渡りを紹介する。
オオハクチョウでは、まず1994年と1995年の春、青森県小湊からロシアの繁殖地まで成鳥8羽を衛星追跡した(Kanai et al. 1997: Strix 15: 1-13)。1994年、1995年の両年とも、オオハクチョウは青森県を飛び立ったあと、十勝川中流域、風蓮湖などの北海道南東部で休息した。その後、網走湖、サロマ湖などの北海道北東部の湖沼を経由してサハリンのアニワ湾に入り、サハリンを北上した。そして、アムール川下流域、オホーツク海北部沿岸、インディギルカ川中流域、コリマ川下流域で夏を過ごした。
その後、2010年前後に再び、宮城県の伊豆沼と北海道東部の屈斜路湖から25羽をロシアの繁殖地まで追跡した。伊豆沼で越冬したオオハクチョウは、2月下旬から3月中旬にかけて当地を離れ、本州を北上後、一部は北海道西部から北部へと進み、ほかはすべて北海道東部へと向かった。その後、カムチャツカ西岸に向かった少数個体を除いてすべてサハリン経由で、サハリン北部に面するアムール川の河口付近へと北上し、オホーツクやマガダンを経てコリマ川の中流域やインディギルカ川の中流域へと到達した。屈斜路湖で越冬したオオハクチョウは、4月中旬から5月上旬に当地を離れ、伊豆沼から道東を経由した個体と同様の経路をたどってロシア北東部まで北上した。
渡りの過程で多くの個体が長期にわたって利用する重要な中継地としては、アムール川河口や、オホーツク海北岸のマガダンやオホーツクが位置する沿岸地域があげられる。
次にコハクチョウの渡りについて述べると、2009年にクッチャロ湖から飛び立った7羽のコハクチョウは、サハリンの東岸や西岸沿いに北上し、ロシア・中国国境のアムール川河口やサハリン北部を目指した。そこでしばらく滞在したのち、オホーツク海を縦断し、オホーツク海北岸のマガダンやオホーツクの付近に至った。そこからロシア東北部の大河コリマ川沿いに北上し、繁殖地となるコリマ川河口部のツンドラ地帯に到達した(Higuchi 2011: Journal of Ornithology doi: 10.1007/s10336-011-0768-0)。
全体として、オオハクチョウの追跡結果と比較すると、コハクチョウはオオハクチョウよりも北方の地域で渡りを終え、繁殖している。渡り経路全体の中で重要な中継地としては、アムール川河口やサハリン北部、あるいはマガダンやオホーツクが位置するオホーツク海北岸の沿岸地域があげられる。
[JOGA第15回集会「ガンカモ類のフライウェイ研究と地域個体群の認識・保護計画」2012年9月14日]
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URL: http://www.jawgp.org/anet/jg018a.htm
2012年9月9日掲載,JOGA.