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東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ:JOGA
第15回集会「ガンカモ類のフライウェイ研究と地域個体群の認識・保護計画」
講演2
○森口 紗千子(国立環境研究所)・牛山 克巳(宮島沼水鳥・湿地センター)・江田 真毅(北海道大学総合博物館)・Min Kyung Kim (Ewha Women's University)・John M Pearce (USGS)・Lei Cao(University of Science and Technology of China)・鄭鐘烈(朝鮮大学校)・Ken Richkus (U.S. Fish & Wildlife Service)・Sang Don Lee (Ewha Women's University)・五箇 公一(国立環境研究所)・樋口 広芳(慶応大学)
マガンは北半球全域に広く分布する渡り鳥であり,東アジアと北米にも分布している.マガンの個体数は日本,韓国,および北米で増加しており,特に日本と北米では食害が深刻化している.日本では,食害の反面,本種は天然記念物および準絶滅危惧種として保護されており,北米では狩猟鳥として積極的に個体数調整がされている.一方,中国では約15年間で5分の1に激減しているため,早急な保全対策が必要と考えられる.
しかしながらこれらの地域間の個体の交流に関する標識情報は限られており,どの地域を同じ個体群として保全管理を行なうべきか決定するには情報量が乏しいため,遺伝的構造から生息地間の交流を定量的に推定することが望ましい.本研究では東アジアと北米に分布するマガンの遺伝的構造を解明し,標識の移動情報と照らし合わせることで保全管理ユニットを解明することを目的とする.
日本,韓国,中国,北朝鮮および北米の越冬地,日本の中継地,北米の換羽地の計25の生息地で採集されたDNAサンプル計 793個体を解析に用いた.
全サンプルを用い,両性遺伝するマイクロサテライトDNAの15遺伝子座について遺伝子型を特定した.全体の遺伝分化係数(FST)および各生息地間の遺伝分化係数(ペアワイズ FST)を求め,structure解析により全個体の帰属する遺伝集団数を推定した.
また,各国(日本(一部データは江田ら未発表),韓国,中国,北米)の越冬地,中継地(日本),換羽地(北米)の計 198個体について,母系遺伝するミトコンドリアDNAで進化速度の最も早いコントロール領域 347bp の塩基配列よりハプロタイプを特定し,GenBank に登録されているヨーロッパの2亜種11個体の塩基配列と共にハプロタイプネットワーク図を作成した.
また,これまで日本およびロシアで標識された個体の観察データをまとめ,各生息地間のつながりの強さを個体の移動から明らかにし,遺伝的構造から推定された生息地間の個体の交流と比較した.
マイクロサテライトDNAの15遺伝子座のうち,nullアレルと連鎖不平衡が見られた遺伝子座を除く7遺伝子座を解析に用いた.全体の FST は 0.005 (0.003-0.01) であったが,ペアワイズ FST が有意に異なる生息地の組み合わせは見られなかった.また,structure解析により推定された遺伝集団数は1であった(図1).
ミトコンドリアDNAの解析により,東アジアと北米のサンプルから82のハプロタイプが見られた.ハプロタイプの一部は,調査地域だけでなく他の亜種とも共有しており分岐は浅かった(図2).一方,ハプロタイプ頻度を東アジアの4国と北米の2つの換羽地および2つのフライウェイ越冬地で比較すると,日本とハプロタイプを共有する割合は韓国(80%),北米中央フライウェイ(40%),中国(24%),換羽地 Innoko(16%),換羽地 North slope(14%),北米太平洋側フライウェイ(13%),北朝鮮(0%)の順に多かった.
標識個体は日本国内の越冬中継地間で 298例の移動が北海道から島根県までの生息地に渡り観察された.また,日本と韓国の生息地間でも7例の移動が観察された.
マガンを含むガン類は換羽地,中継地,越冬地など繁殖地以外でつがい形成することが知られており,メスは生まれた繁殖地へ戻って繁殖するのに対し,オスはつがいメスの繁殖地についていくためにメスよりも分散距離が長くなる.両性遺伝するマイクロサテライトDNAでは1つの遺伝集団が推定された一方,母系遺伝するミトコンドリアDNAでは地域によってハプロタイプ頻度に差が見られた.性による分散距離の違いを反映し,マイクロサテライトDNAとミトコンドリアDNAでは結果が異なったと考えられる.
ミトコンドリアDNAのハプロタイプ頻度より,北米太平洋側,北米中央部,日韓,中国(北朝鮮はサンプル数不足)の少なくとも4つの遺伝集団が推測された.北米では長年の標識調査により太平洋側と中央部の2つのフライウェイが解明されており,本研究の結果とも一致した.北米太平洋側フライウェイの繁殖地はアラスカのより西側に位置しているため,本研究で対象としたアラスカ中央部(Innoko)と北部(North slope)に位置する換羽地は太平洋側で越冬する個体群とは異なったと考えられる.また,東アジアでは個体数が増加している日韓と激減している中国で遺伝集団が異なることが示唆された.遺伝的構造による遺伝集団数の推定は,標識個体で観察された国内外の移動の結果とも矛盾がない.今後東アジアにおけるマガンの個体群管理を進めるにあたり,農業被害が深刻化している日韓の個体群では生息地の保全再生による分散化対策と並行して狩猟などによる個体数調整を検討し,中国の個体群ではさらなる保全策を講じる必要があるだろう.
[JOGA第15回集会「ガンカモ類のフライウェイ研究と地域個体群の認識・保護計画」2012年9月14日]
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URL: http://www.jawgp.org/anet/jg018b.htm
2012年9月5日掲載,9月29日更新,JOGA.